◇熱帯夜 前半






その日は陽が落ちてからも茹だるような暑さだった。
セントラルは丁度国の中央に位置しており、あまり寒暖の差のない土地柄ではあるが、今年は例年にない猛暑に見舞われており、すでに1週間連続の真夏日を記録していた。

犯罪者やテロリスト、何かと五月蝿い上層部も暑さには勝てないらしく、司令部は平和そのもの。有能な副官から早めの業務終了を許されたマスタングは一人帰宅の途についた。

副官が上司に対して早々な帰宅を勧めたのには理由がある。
ここ数日、誰にも気づかせない程度ではあったが・・・明らかに上司は憔悴していた。いくらサボり癖の酷い上司であっても、鍛え抜かれた軍人の身。異常とも言える暑さが続いているが、さすがにそうやすやすと体調を崩すこともない。何より灼熱の地獄ともいえた戦地で過ごした経験もあるのだ。
毎年この季節になると、極僅かではあるが精神が失調気味になるのだと言うことを、共に戦場へ出たホークアイだけが知っていた。



閣下と呼ばれる身分になったにも関わらず、マスタングは徒歩で家路につく。
昼間の太陽光を燦々と浴びたアスファルトから立ち上る熱気が空気を歪ませ、視界をぐらぐらと揺らした。覚束なくなる足元を叱咤して、なんとか自宅へとたどり着く。
このまま酒でも飲んで寝てしまおう。今日は食事を取らないことを叱る者もいないのが幸いだ。エドワードは研究室の飲み会があるので遅くなると言っていた。
マスタングは殆ど口をつけていないボトルを手に寝室へと直行した。




---熱い砂漠を歩いていた。
砂の丘の向こうに、小さな集落が見える。オアシスの周りに住み着いたものなのだろう。木と布を組み合わせて小さな家々が水場を囲む。普通の生活が営まれていたのであろうこの集落に、敵の部隊が潜伏したとの報告があった。
殲滅せよ。
そのたったひと言だけが、自分に向けられた命令で。
砂の丘の頂に立ち、右手の指先を擦り合わせる。
そのワンアクションだけが、自分がやるべきことだった。

熱かった。何度も何度も繰り返し見ているから、この光景が夢だということは分かっている。
だから。焔など繰り出さなければよいのだ。それでも自分は指先を擦り合わせる。
すると、夢の視点は轟々と燃えさかる焔の中へ移り、焼き尽くされる人々の姿を映し出す。
悔恨も懺悔もない。ただこの光景を忘れまいと思う。
だから。いつもなら夢であると分かっていても、あえて覚醒しようとしなかった。

だが、今日の夢には初めて見るシーンが追加されていた。
逃げ惑う人々をかばうようにすっと前へ出た少女が、焔に包まれた。頭から被った砂避けの白い布が熱風で舞い上がり、悲しみを湛えた視線がこちらへ届く。その顔は---。




夢の世界から一気に覚醒した。
がばりと飛び起き、ぜいぜいと肩で息をする。
ボトルを空にした後、シャワーも浴びずにベッドへ倒れこんだから、シャツはぐっしょりと汗まみれになっている。よろよろとシャワールームに移動して、頭から冷水を浴びた。

固く目を瞑ってもフラッシュバックするのは、夢で見た少女の顔だった。

(続く)




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