|
◇はじまり
長年の宿願をついに果たした姉弟は、10歳やそこらの頃から随分と生き急いできた人生をすっぱりと脱ぎ捨てた。リゼンブールに帰って暫くはのんびりと暮らすのだろうと、皆から思われていた彼らは、お互いを勇気付けるため、旅の頃から二人だけで語り合っていたのであろう、本来の人生に向けて大きく歩みだしている。
おだやかで心優しい弟は医師をめざし、庶民の味方とも謳われた元天才国家錬金術師である姉は、その類まれなる知識と技術を平和利用すべく、学者への道を歩むこととなった。
旅から旅への生活を終え、学府の中心でもあるセントラルに定住するようになった彼らからは、目に見えて、旅をしていた当時の悲壮感やらなにやらが鳴りを潜めた。穏やかに、確実に息をする彼らの新しい生活は、これまで彼らを支えてきた人々にとっては驚きだったが、心を温かくするものであった。
エドワードの朝は早い。国家錬金術師の資格を返上したエドワードは、アメストリアの最高学府、セントラル大学の産業工学科に研究員待遇で迎えられた。が、この待遇には条件が1つ。若すぎる研究員を迎えるに当たって、大学側が提示したのは修士の資格。この国の学生が学ぶ知識程度なら、幼い頃からの膨大かつ幅広い読書量によって身に着けているエドワードにとっては今更な過程なのだが。それでも、「普通の生活」を学ぶには丁度よいかと思いなおし、エドワードは今、昼は一般学生、夜は研究者という2足のわらじを履いている。
そして、もうひとつ。エドワードの近況に関して述べることがあるとすれば。エドワードの同居人に関する事柄だろう。正確には、保護監察者とも言うべきかもしれない。
人体練成の末、身体を取り戻した姉弟が普通の生活を取り戻すためには、いくつかの制約事項が課せられた。やはりというべきか、軍もお人好しではない。彼らの馴染みの軍人達が奔走(暗躍?)してくれたおかげで、命や自由を奪われることもなく、弟に関してもほぼ無罪放免を勝ち取ったまでは良かったのだが、元国家錬金術師である彼女に関しては、「今後も軍の監視下に置かれること」「有事のときは召集に応じること」という、期限のない保護観察処分、かつ、軍からは常に予備役扱いされるという処遇が決定された。
処遇を言い渡された軍法会議所からの帰り、これからは、四六時中、青い服の連中につきまとわれて生きていくんだな…とほぼ、諦めの境地でエドワードが遠い空を眺めていると、付き添いで来ていた元上司がニコニコと胡散臭い笑顔を振りまき、こう言った。
「喜びたまえ。君の監察官は私だ。」
「へぇ?」
そのまま、強引に車に押し込められ、到着した先はセントラルでも高級な部類の住宅地。大きすぎはしないが、1人暮らしでは持て余すであろう一軒家に通された。
「准将、ここは?」
「ああ、私の家だ。そして、今日から君の家でもあるがね。」
言われた意味が良く理解できず、玄関先にボーゼンと佇めば、軍服の上着を脱いで、Tシャツに首巻タオルという労働者スタイルが相変わらず様になるひよこ頭の男が階上から顔を出した。
「よう、姫さん。荷物は全部運んどいたぜ。」
「な、な、何なんだーーーーーーーーー!」
エドワードの絶叫むなしく、弟と同居すべくリゼンブールから送り届けてもらったばかりのエドワード個人の荷物は、全てマスタング邸へと運び込まれた後だと知ったのは、その数分後で。
そうして、エドワードは、軍の監視という名の下マスタング邸の住人となったのだった。
|